時代を視る

2024年10月ニュースレター 時代を視る NO363

2024年10月10日

一般財団法人WIN WIN 代表 山口 積惠

9月末、石川県で発生した記録的な豪雨は、元旦の能登半島地震で甚大な被害が出た地域を再び襲いました。心からのお見舞いを申し上げながらも、被災された方々を思うと何ともつらく、避けようのない自然災害と言えども、やりきれない気持ちになります。現地にボランティアに行かれる方もいらっしゃるでしょうが、それができない私達は募金活動への協力で気持ちを伝えるしかありません。

 

立憲民主党、自由民主党のそれぞれを代表する党の「顔」を決める党内選挙が終わりました。立憲民主党は9月23日、自由民主党は9月27日でしたが、立憲の党首は首相経験のある野田佳彦氏に、自由民主党は5度目の正直で新総裁になった石破茂氏でした。ところが石破氏は、総裁就任後に、早速、解散・総選挙を言明しました。10月9日の国会会期末に衆院を解散し、15日公示、27日投開票では、派閥の政治資金パーティー裏金事件の実態解明をあえて避けたと思う人は、少なくないのでは。こういう事態を見ると、総裁選に伴う各種世論調査の「次の首相にふさわしい人」ランキングでは、しばしばトップに選ばれていた石破氏ですが、石破氏がいう「ルールを守る政治」「令和の政治改革」は進むのでしょうか。

10月1日に臨時国会が召集され、石破茂総裁が、衆参本会議の首相指名選挙で、第102代首相に選出され、石破内閣が発足しました。全閣僚が発表されましたが、残念ながら女性閣僚は2名でした。岸田文雄内閣では女性閣僚は5名でしたから、半分以下に減ったことになります。10月4日に行った首相の所信表明では、総裁選で争点化したはずだった選択的夫婦別姓に対しても言及しておらず、残念だったと言うしかありません。

 

毎日新聞と社会調査研究センターが10月3日に実施した、全国世論調査の結果があります。 石破内閣の支持率は46%、不支持率は37%でした。それ以前の内閣発足直後の支持率としては、岸田文雄政権で49%、菅義偉政権で64%、第二次安倍晋三政権で52%とあり、必ずしも良いスタートを切ったとも思えません。岸田内閣の最後(9月末)の支持率が29%だったから、それに比べれば・・・と比較するのは都合がよすぎるでしょう。 また、この全国世論調査では、次期衆院選で、自由民主党が派閥の裏金事件で問題となった議員を公認するとしたらの質問には「納得できない」が70%で、「納得できる」は8%という数字でした。 この問題に対して、石破首相は総裁選での出馬に際して、「徹底的に議論されるべきだ」と発言していましたが、就任後には、裏金議員を原則公認する方向を示唆していました。ところが世論の批判に配慮してか、6日、党処分の重い人や説明責任を果たしていない人など「相当数の非公認が生じる」と転じ、裏金事件で不記載があった議員の比例代表への重複立候補を認めないと表明しました。選挙の行方に注目します。

 

第10期赤松政経塾が開講しました。第1回目(9月21日)の講師は、政界への女性参画拡大をめざす超党派議員連盟の中川正春会長(元文部科学相、立憲民主党)と、秋田浩之氏(日本経済新聞社国際政治担当)のお二人でした。今回は、長らく超党派議員連盟で支柱的役割を担ってくださった中川さんの講演の概要を伝えします。

中川さんは冒頭で自身の出生(三重県松坂市)から、なぜ政治家をめざしたかについて語ってくれました。高校生時代に当時盛んだった学生運動に刺激を受けたことや、世界を視野に入れた勉強をしたいと思うようなり、カトリック教会に行って「信仰ではないが、アメリカに留学したい」と訴えました。願いが叶い、アメリカにホームステイをすることができ、アメリカで出会った人々に刺激を受け「自分でチャンスをつくる」ことを学んだと言います。

アメリカから戻り県議をめざして当選。さらに県議から国会議員に挑戦し、当選するのですが、「国会議員は政党という看板の枠組みから出る。どういうポジションで出るかが問われる。国政は政策を党で作り実行していくもの」と言い、「議員をめざすみなさん(参加者)にお伝えしたいのは、政治は市民の声を政策にしていくことで現状を変えていくことができる。それは日常の中でやるものであり、地方議員でも国会議員でも同じです」と力強いエールを送りました。